版画エッセイ
フィンランドに来てから自分で作った作品を少し時間がたってから眺めていると、
本来の作品の主題とは関係なく、自分の感じたことを改めて思い起こされることがあります。
フィンランドで感じた、個人的なほんの些細なことなのですが・・・
DANDELION
私が初めてフィンランドを訪れたのは2002年の夏がはじまる少し前だった。
たった10日間の滞在予定で、フィンランドについて知っていたのはラハティにある版画工房の住所だけだった。
ヴァンター空港に飛行機がおりたったとき、最初に目に入ったのは飛行場の敷地一面に咲き乱れる黄色いタンポポの花だった。
フィンランド語ではヴォイクッカ(VOI KUKKAバターの花)というのだと後から聞いた。私がフィンランド語で憶えた最初の花の名前だ。
10日間の滞在中、現在の私にとっても非常に重要な人々に会うことができた。
生まれて初めて訪れたフィンランドとの幸せな出会いだったといえる。
フィンランドを去るとき、飛行場一面のタンポポは全て白い綿毛に変わっていた。
そして私にとってヴォイクッカはフィンランドの花になった。
黄色いタンポポの花をモチーフにして絵を描いたことはまだない。なぜなら、それは私にとってあまりにもまぶしすぎるのだ。
HANDS
ある日、工房で仕事をしているとユヴァスキュラ美術家協会のメンバーの写真家がやってきた。
彼は一人の黒人男性を連れていて、工房を案内していたようだ。
彼は私が仕事をしているのを見て
「お前はいつも仕事をしているな」
と言った。私が半分冗談で
「うん。だって俺は日本人だからね。」
と答えると、隣で聞いていた黒人男性が笑いながら言った。
「そうだな。日本のビジネスマンは黒人奴隷よりも働くって言うからな。」
みんなで笑った。
別の日、工房で銅版を腐蝕しているときのこと。
素手で版を扱っているのを見てフィンランド人の友人が言った。
「その腐蝕液、塩化第二鉄でしょ。手袋しなきゃだめよ。手によくないよ。」
「いつもこうしているけど別に大丈夫だよ。洗えば落ちるしね。」
「でも手が黄色くなるでしょ?」
「うん。でも俺はもともと黄色いから問題ないんじゃない?」
大うけした。
フィンランドで過ごしたこの一年間のうちで、自分が有色人種だということを思い出したのは、この2回だけ。
REMAINS
それは雪が解けてすっかり春らしくなった頃、工房へ向かうと通の道端にあった。
冬用の皮手袋が片方だけ、誰かが雪の中に落としたものが解け出されてきたのだろうか。
明るい日差しの中でそこだけ異質な黒い塊。
それはまるで地面から這い出てきたような、或いは何かに手を差し延べてそこで力尽きたもののようだった。
あまりにも明るい日差しの中でそれは私の頭の中に突き刺さった。
ほとんど忘れかけていた冬のイメージを突然目の前に突きつけられて、私は少し動揺したのだ。
フィンランドの夏と冬には大きなコントラストがある。
そして、その環境の中で人間は夏には夏に、冬には冬に順応して、一年を通して同じ状態ではいない。
だから夏に冬の寒さ暗さを想像するのはとても難しく、冬には雪の下の地面がどんなだったか思い出せない。
夏の感覚に馴染もうとしていた矢先に冬の名残を突きつけられて、私は人間の移ろいやすさと逞しさを感じずにはいられなかった。
次の日、同じ道の同じ場所にそれはまだあった。
私はそれを拾い上げて持って帰った。それをモチーフにして作品を作ろうと思ったのだ。
私がそれから感じた何かを消化するために。
DIFFUSION
私達日本人は普通湖で泳ぐ習慣がない。日本にはフィンランドほどたくさんの湖がないからだ。
はじめてフィンランドの湖岸に立ったとき、岸と水面の高さがほとんど同じせいか、湖の水面に立っているような錯覚を覚えた。
そして、拡がる水面から自分が生えているかのような一体感と、
逆に水面によって足元が断ち切られているような孤独感が同時に私を襲った。
今年の夏、初めて湖で泳いだ。フィンランドの湖の水は黒く見える。
黒い水にはいるのははじめてだったが、一度中にはいると不思議と体に馴染んでくる。
まるで自然の大きな懐に抱かれたような安心感があり、自分と水、そして目に入る森や大地、空気までが同じ
成分から成り立っているのだという気さえしてくる。
「世界」を表すフィンランド語「MAAILMA」は地面(MAA)と大気(ILMA)を合わせた言葉だという。
地面と大気の間にある全てのものの中に含まれる自分はとても小さな存在に違いない。
でも、それってなにか問題ある?
KUKKA
フィンランドの公園でよく見かける子供の遊具に、花をかたどったカラフルなデザインのブランコがある。
私の住んでいるアパートの前にも一つあるので、毎日バルコニーからなんとなくそれを眺めていた。
頭の中に住み着いたイメージを形にするのが私の作品を作るひとつのスタイルだ。
そして、そのブランコは私の頭にいつのまにか住み着いてしまった。だから形にした。
なぜだかそのイメージは私にとってとても大切なものに思えたので、
フィンランドでの最初の個展では会場の一番良い場所に展示した。
個展の後しばらくたった頃、フィンランド人の友人の一人が驚いたようにこう言った。
「昨日お前の描いたあの“花の絵”と全く同じ形をしたブランコを見たぞ。おまえ知っていたか?」
たしかにその作品にはKUKKA(花)というタイトルをつけた。
でも、このブランコってフィンランドではお馴染みのものではなかったの?